日光街道歩き旅!-旅のわだち-

日光街道歩き旅

こんにちは。ぶ~ちゃんです。

日光街道歩き旅」の思い出を振り返り、旅の実録をブログ記事にまとめました。
まだ日光街道旅の途中ですが、歩き旅を計画中の方や街道歩きに興味がある方は、ぜひこれらの記事を読んで、一緒に旅をしている気分を味わってみて下さい。

日光街道

日光街道とは

旧日光街道は、江戸幕府によって整備された五街道のひとつで、東海道に次いで主要道路として整備されました。幕府の公道としての正式名称は「日光道中」と呼ばれ、社参の道として将軍や大名が日光の神社に参拝するために使われました。
また、日本橋から宇都宮までの道程は奥州街道と共通しており、大名が参勤交代で使うことも多かったため、江戸から宇都宮までは平坦で歩きやすい街道となっています。
江戸日本橋から宇都宮宿を経て日光宿まで約144kmの道のりとなります。

現在の国道4号線の宇都宮市より南側の区間と、国道119号線の一部となっています。

日光街道の歴史

日本橋から宇都宮までの道程は奥州街道と共通で、1636年(寛永13年)江戸から徳川家康を祀る日光東照宮に至る主要道路として東海道に次いで、「江戸- 下野国日光間」に整備され、開通後は「日光街道」という名前で呼ばれるようになり、多くの人々が利用するようになりました。

幕府から許可を得た21の宿場が設けられ、日光に向かう旅人や江戸へ商品を運ぶ行商人たちを宿泊・休憩させたり、旅籠や茶屋、商店などが建ち並んでいました。

奥の細道

俳人・松尾芭蕉の最高傑作であり、最後の俳諧紀行となった「奥の細道」の歩いた場所と重なるところもあり、足跡を辿る旅にもなります。街道沿いに芭蕉の句碑が多いのが特徴です。
芭蕉の俳句に込められた深い思いを、現代に生きる私たちが味わう貴重な旅になるかもしれません。

日光街道 旅のわだち

各日程ごとに記事を整理し、日光街道歩き旅の記録を紹介しています。

現代の喧騒から離れて、昔の人々と同じ道を歩いて、同じ風景を見ていると思うだけで、どこか懐かしい感覚になったりします。
歴史や伝統に触れ、美しい景色を楽しみ、地元の人々と交流し、立ち寄った地域での食事を楽しむなど、非日常的な体験は心身をリフレッシュしてくれます。

健康増進、歴史探訪など歩き旅のテーマは人それぞれ異なると思いますが、40代夫婦の歩き旅の実績が役に立つこともあると思います。
街道歩き旅の楽しさを、ぜひ感じてみて下さい。みなさんも是非、歩き旅に出かけてみましょう!

日光街道 旅のわだち

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