こんにちは。ぶ~ちゃんです。
甲州街道の歩き旅6日目です。
今回は「黒野田」「駒飼」「鶴瀬」「勝沼」と進みます。
そして甲州街道最大の難所と呼ばれる「笹子峠」が待ち構えています。
笹子峠を越え駒飼宿(甲州市)に向かう甲州街道の道のりは「甲州街道―笹子峠越」と呼ばれ、歴史的にも重要な「歴史の道百選」に選ばれています。この道のりは、古の旅人たちが辿った難所として知られています。
「最大の難所」と評される笹子峠は、険しい山道が続くため体力的には厳しい区間ですが、その分、旅の中で得られる感動は格別です。峠を越えながら、甲州街道に残る歴史的な景観や文化に触れられるこの体験は、まさに時代を超えた旅の醍醐味です。険しい道のりも、歴史の重みを感じながら歩いて行きましょう。
笹子峠を越えずして、甲州街道の旅は終わりません。しっかり準備をして挑みましょう。
甲州街道の旅 6日目-1
黒野田宿への道中
8:45
今日は待ちに待った笹子峠越えの日です。
空は透き通るような青で、雲一つない快晴。山々の輪郭がくっきりと浮かび上がり、絶景が広がっています。この地域は自然の宝庫で、笹子川が静かに流れ、周囲の山々が雄大な景色を作り出しています。
天気の良い休日ということもあり、笹子駅で電車を降りる登山客が結構いました。
笹子峠にはトイレが無いので、駅での用を済ませてから出発するのがおすすめです。
駅前広場にに悠然と立っている石碑は「笹子隧道記念碑」です。
中央本線の笹子トンネル開通を記念した石碑で、もともと甲府駅前に建てられていたものが移設されてきたようです。
笹子駅に沿って延びる街道を西に向かい、中央本線下のトンネルをくぐります。
江戸日本橋から32番目の宿場町「黒野田宿」
そのまま道なりにまっすぐ進むと、黒野田宿の街道筋です。
黒野田宿
本陣1軒に脇本陣1軒、旅籠が14軒もある宿場町なんだブ。
白野宿、阿弥陀海道宿との合宿だったんだブ。
笹子峠を越えるときの最後の宿場だったから、旅籠もたくさんあってぎやかだったんだってブ。
「甲州街道黒野田宿笠懸地蔵」です。
天明や天保の大飢饉の際、黒野田宿の領民たちはひどい困難に直面しました。その時救いを求め、心からの願いを込めてこの地蔵を祀ったということです。
どっしりと佇んでいる姿は、今も甲州街道を行き交う人々を見守ってくれているようです。
「明治天皇行在所趾」です。黒野田宿本陣跡でもあります。
江戸日本橋から二十七里目「黒野田の一里塚」
9:15
笹子川を渡った右手にある「普明院」です。
黒野田宿の門脇には「黒野田の一里塚」があります。この一里塚には「江戸日本橋より二十五里」と刻まれており、一見すると約100kmの距離が示されているように見えます。ですが、実際にはすでにその距離を超えて歩いてきているはず…。
調べてみると、この一里塚は実際には「二十七里目」にあたるとのこと。どうやら、刻まれた距離と実際の位置にはずれがあるようです。このような誤差は残されたままなんでしょうかね。
しばらく道なりに進んでいきます。ここからは、中央線とは一旦お別れです。
矢立の杉の案内板です。いよいよ笹子峠が近づいているのを実感します。緊張感が高まってきます。
この分岐を右に進んで行くと「新笹子トンネル」になります。
私たちは、左(旧甲州街道)に進んで行きます。
橋を渡り終わってすぐ、この奥に延びる草道を進んで行きます。
両側に案内板が立つコンクリート道を右に進みます。
甲州街道最大の難所「笹子峠」入口
9:45
笹子駅から歩いて約1時間。
「獣害防止フェンス」が現れました。サファリパーク以外でこのようなフェンスを見るのは初めてで、ここが甲州街道最大の難所「笹子峠」の入口であることを実感します。
フェンスを抜けると、空気ががらりと変わります。深い森の中に踏み入れていきます。
この辺りでは熊の目撃情報などもあるようなので、この日のために購入した熊ベルを鳴らしながら進みます。山の空気はおいしく感じますね。
緑と茶色の景色になりますが、道はしっかりと整備されているので迷いはしなさそうです。
崖を登ったその先に車道が現れます。車道に沿って登っていきます。
車の通りはほぼありませんが整備はされているようです。
車道を歩いていくと「矢立の杉」の案内板が現れます。
写真では分かり難いですが、この案内板の左側に山道があるので入って行きます。
道は見えていますが、だんだんと険しくなってきます。
山道を登っていくと石垣が見えてきます。
明治天皇御野立跡・三軒茶屋跡
明治天皇が巡行の際立ち寄られた記念の「明治天皇御野立跡」碑です。
この周辺に「三軒茶屋跡」の標柱もあったようですが通り過ぎてしまったようです(泣)
また森の中を冒険です。まだこの辺は登山者も多いのでしょうか、道は比較的はっきりしています。
しばらく歩くと橋の先に階段が現れます。
矢立の杉
10:30
階段を登ったその先に「矢立の杉」が現れます。大きすぎて全景は捉えられません。
矢立の杉
樹齢は約1000年、樹高は約28メートル、根回りは約14.8メートル、目通り幹囲は約9メートルもあるブ。戦国時代、合戦に赴く武士がこの杉に矢を射立てて戦勝を祈願したと伝えられているブ。
甲斐国誌や甲斐叢記などの古書にも記され、葛飾北斎や二代目歌川広重などの絵にも描かれていて、古くから有名な木と知られているブ。山梨県の天然記念物にも指定されているんだブ。
ウッドデッキやゼンマイ式音声ガイドなど整備がされていています。
歌手の杉良太郎が寄贈した「身代わり両面地蔵菩薩」や「矢立ての杉」の歌碑もあります。
ウッドデッキで少し休憩させていただきました。
休憩を終え、その先の山道を進もうとすると、先に進んでいた登山客が引き返してきました。
話しを聞いてみると「この先の道が分かり難くなっている」とのこと。
ルートを外れてしまうのは少し残念ですが、安全第一で舗装された車道に沿って進むことにしました。
情報をくださったおじさんに感謝します。そのおじさんも甲州街道行脚中とのこと。
お互い頑張りましょうということでお別れしました。同志がいるとうれしくなりますね。
ウッドデッキのある場所から、車道に向かう歩道を上がっていきます。
車道に出ると、大きな案内板や、旅行者カウンター等がありました。
せっかくなのでポチっと。
ここから隧道まで車道に沿って進むことになります。
何度も同じようなカーブを繰り返します。山道を進むことができれば、もう少しショートカットになるのですが致し方なしです。
九十九折の山道を一歩ずつ進みます。
笹子隧道
11:00
その先に突然現れた「笹子隧道」です。歴史を感じるデザインですね。
このトンネルにより交通の便が大幅に改善されたということです。
笹子隧道
大月市と甲州市の間にある昭和13年に開通したトンネルなんだブ。
両脇に2本ずつの柱形装飾や上部に持送状装飾があるんだブ。なんとも洋風建築的な雰囲気が漂っているブ。
昭和33年までの間、これが東京への幹線道路として山梨の経済発展を支えてきたんだブ。そして、平成9年にはこのトンネルが「有形登録文化財」に登録されたブ。
案内板の前にある駐車スペースに立ち寄り、その傍らの小石に腰を掛けて昼食を摂りました。普段はおにぎりやパンを食べていますが、登山の後に食べると、いつも以上に美味しく感じました。妻も、登り坂でかなり疲れていたものの、大自然に囲まれたこの食事で見事に回復しました。
ここで注意が必要なのは、笹子駅からの間にはコンビニや売店がないことです。登山前に必要な食料や飲料をしっかり準備しておくことが大切です。
11:20
ゆっくりとお昼休憩を取り、再び歩き始めます。トンネルを通過するのかと思いきや、駐車スペース脇の案内板は山道を指し示しています。さらに、「熊出没注意」の表示もあり、慎重な行動が求められます。安全のため、熊ベルをしっかりと鳴らしながら進んでいきましょう。
ここからさらに道が険しくなってきます。特に急な岩場では、登るのが厳しいため、チェーンが備え付けられていて、それを頼りに慎重に進むことになります。
勾配も厳しくなりますが、なんとか進むべき道は見つけて進むことができます。
笹子峠天神社
11:30
笹子峠天神社に辿り着きました!ここは「笹子雁ヶ腹摺山山頂」に向かう道との分岐点でもありますが、私たちはここから甲斐大和方面に向けて下山することにします。
ここまでの笹子峠の登りには約1時間半を要しました。ハイキングとしては少し険しめのコースでしたが、歩き旅の一環として挑戦するには適度な難易度で、景色や自然の美しさを楽しみながら進むことができました。
ここまでの甲州街道歩き旅6日目の1回目はこれで終了です。
次回は「笹子峠下山」の様子と「駒飼宿」をお届けします。山を下りながらどのような景色や体験が待っているのか、ぜひ楽しみにしてください。
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